沖縄県公文書館
タ イ ト ル: 沖縄戦記録座談会 名城 2 A面
資 料 解 説: 収録時間:66分18秒
開始時間 00:47:10 ~ 終了時間 00:57:24
シ リ ー ズ: 沖縄戦関係証言記録
件   名: 旧真壁村名城 17
摘   要: 壕追い出し / 義勇隊 / 馬乗り攻撃 (米軍) / 牛島満司令官 /クラガー壕/ 6月22日 / 6月23日
備   考:
資料コード: 0000079269
【音声文字起こし】
証言者2:ミヤギさんとか言って、この人は、米ばっかり、生米ばっかりかじっていたけどね。姉さん、姉さんって言ったら、あんた、あんたなんていうのって言ったら、あんた女ねって言ったら、いや、僕、防衛隊ですよって言ったら、あんたなんていう名前って言ったら、ミヤギって言ったんですけどね。
 この人は元気で生きているんじゃないかと、元気じゃないかと思うんですけど、その人最初は米かじって這って何しているんですけど、あとは元気になりまして。歩いて突破しました。

Q:負傷していたんですか? どこ、足?

証言者2:いや足ももうあっちこっちやりましてね、主に足でした。足だけは治療してやったんですけどね。お米も最初は取れないからお米をくださいと言うから、そう言って、これだけまだ洗ってない米だよ、と言うと、いいです、洗わない米でもいいからくれって言うから。

Q:そのアリマという隊長ですね。

証言者2:その方はですね、後で亡くなったということ分かりました。そこのあの、塹壕の中って、そこに塹壕ついていたんですよね。何? サキバルバ(方言?地名?)?

Q:うん、サキバルバ。

証言者2:そこで、あのカッチャンといって、この姉さんが、即死した姉さんのですね、妹さん、それから、あと、私より一期先輩のハルさんといっていたんです。あの、摩文仁のね。横浜かどっか行った。その人と、それからそのカッチャンの妹と言ってなんだ? アルコ、テルコ。その3名がね、逃げて歩くところ、おいおい、僕お父さんだと言ってね。僕も一緒にしてくれ、一緒にしてくれ、後ろからついて歩いてきたそうですよ。だけどね、もうこの人と一緒だと私たちも殺されるから、ずっとこの人は何か怪我していたらしいんですけどね。

Q:これはあの少佐がその下にいたというんですが、階級は何だったんですか。

証言者2:この方は大尉でしたけど、少佐はね、少佐は本部からいらした少佐なんです。後でもうあの戦争が激しくなってから。

Q:ああ、そうなんですね。

Q:あれについては大尉ですね。

証言者2:激しくなった時いらした少佐は、

Q:だいたい、一緒ぐらいだな。

証言者2:名前も分からないです。

Q:そこであの…

証言者2:大隊長です、そのアリマ隊は。

Q:大隊長ですね。

証言者2:はい、はい。

Q:***。

証言者2:私の一緒にいた人の姉さんの話で、近くの壕でしたから、その郷から出ると、今日中に出ないとね、これであの銃剣で刺し殺してやるから出なさい、って言ったそうですよ。
 そしたらね、兵隊さん方は壕の中に入って戦争はするんですかって言って、この人はやっぱし、**、親はね、自分の子どもたちは守らんといけないから。自分たちはそこから出たらもうどうせ死ぬんだから。本当、親どりは子どもを守る。で、自分はね、子どもたち、夫は戦争に行くし、自分一人で子どもを守らなければいけないからね。自分は夫を戦争に送った以上、子どもを守る義務があるから、出られないって言ったらね。出ないと、刺し殺してやるって言ったそうですけどね。
 じゃあ、私たちを出すんだったら兵隊さんたちは、壕に入って戦争はするんですか、戦争は外でやるんじゃないですかって言ったら、あとは物言わないで。私たちを殺してからね、入りたかったら、入ってくださいと言ったそうです。そしたらもう二の句が出なくて、そのまま帰っていった。やっぱし隠れるための壕だから。
 戦争はもう、なんて言いますかね、敵とも戦えない状態なんですよね。もう武器をみんな、怪我してくると武器を捨ててきた隊長なんか、壕で怒るんですよ。自分の命よりも大切な武器を捨ててくる馬鹿がいるか、君はこれで大和魂を持ってるっていうんか、とかなんとかですね。もう隊長なんか口だけはうるさく言うんですけど、自分なんか壕の中に閉じこもって何もしないですよ。
 ああいったのを目の前で見ると私、癪にさわりますね。沖縄の、なんて言いますか、義勇隊や、なんて言いますか、防衛隊を毎日弾薬を運びさせておって、自分なんか、壕の中に閉じこもっている、そのありさまを見た人には、もう耐えられないですね。今こう、平和になったから、沖縄の戦争はベトナム以上だと私は思います。ベトナムは昼も……

Q:あれ以上ですよ。あれは昼ですよね。

証言者2:昼も畑もできるし。沖縄は小さいからもう畑もできないし、作られたものを後はもうそれを食べて、芋くずなんか、みんな保存しておきまして、その芋くずを水で溶かして飲む程度。それもある人は飲みますけど、ない人も水だけ。水も飲める人もいるし飲めない人もいますよね。

Q:奥さんはお母さんが亡くなられましたですね。お父さんも……

Q:その壕で亡くなられたわけですね、**壕で。

Q:こうしてばっかりで***。

証言者2:父は義勇隊で。

Q:亡くなられたんですか?

証言者2:はい。姉もまた他の部隊で。

Q:義勇隊で亡くなられた。

証言者2:疎開した家族が帰るまで大変でした。毎日、月を眺めて泣きました。でも私は、またいとこの家におりまして、そこの世話になってました。

Q:そうですか。

証言者2:あのー、馬乗りされてですね、私たちは21日か2日頃ですね。今から考えると、このジロウ先生なんか、クボタ先生が捕虜される時、ちょうど戦車を何台も並べられて、うちの壕に向かって、戦車砲を打たれているわけです。
 何か私たちはね、ハッパをかけられているんじゃないかと、ロウソクをつけておいても、そのロウソクがバンと音と同時に消えてしまうわけなんですよ。これは多分、アメリカがもうそこの上でね、そこに部隊があるということを分かってハッパをかけられているんだということで、もう今日か明日かということで待っていたんですけど。
 それが3日ほど経って、このあれもやみましたんですが、その頃ちょうど牛島閣下が**だいうことは、今考えるとやっぱり牛島閣下がそこにいらしていたのかなということで、向こうも情報をちゃんとつかんでいたのかねって私たちも考えるんですけどね。

Q:通信で知ってたわけですよね。

証言者2:ああ、そうですか。

Q:そうすると、牛島は23日ですからその23日。

証言者2:22日か3日。

Q:22日、23日の朝ですかね。

Q:23日の午前だか。

証言者2:それがはっきり分からないんですよね。

Q:その前後で、その前後は3日間ぐらいずっと戦車を並べてあったわけですか? それは今言った話ですね。

証言者2:ハッパをかけられましたのでね。私たちはその時も誰も飲まず食わずで寝たっきりでですね。

Q:3日間は?

証言者2:はい4、5日ぐらいじゃなかったですかね、そうやって寝てるの。そしたら、四中隊か何中隊かの大尉がいらっしゃいまして、軍隊が見えまして、その中隊じゃないな、本部の隊が見えまして、その隊が、おいおい、君たちはまだ飯も食ってないのかっておっしゃって入っていらしたもんだから、いや、もう戦争はやんでるよ、戦争はもうやんだよ、やんでるよ、やんでるよっておっしゃるから、あ、そうですかって。
 それから水を汲みに行きました。この**川の骨がいっぱいで、それでも誰も水も飲んでいませんから、その欲しさに水を汲んできて、ご飯を炊こうとしたら、ウジがいっぱいいるんですよ。それでも、そのウジを汲み出して、汲み出して、お米を洗ってね、ご飯を炊こうねと言って、お米を集めてました。
 倉庫が近くにあります。お米を洗って、炊いたところ苦くて食べられないんですけどね。やっぱりお腹が空いているので、今でしたら食べられないんですよね。苦いのに腹を満たすって、みんな食べていました。

Q:4、5日ご飯全然食べないで。

証言者2:何か欲しいとも思わないし、ただこうもう背中がひっついてですね、あの、だるくなって、いつでもこう寝たっきりでいたいような気持ちになっていました。

Q:クラガー壕の話ですね。

証言者2:これを馬乗りされての1週間ぐらい。

Q:クラガーのそばの壕?

証言者2:はいはい

Q:クラガー壕。

証言者2:馬乗りされて1週間ぐらいですね。4、5日ですか? 私たち何日になってるかも分かりません。大体は19日に馬乗りされてますからね。

Q:19日に馬乗りされて。

証言者2:22日か3日だと思うんですね。あの指示方がみえる。

Q:23日よ。

証言者2:そこが分からないんです。

Q:23日の、午前4時頃ですよね。

Q:もう暁ですかね。

証言者2:そうですね。出なさいとおっしゃってるから出ようって中尉がおっしゃったんです。出たい人は出なさいと。だけど僕たちは共にそこで死んでもいいからって。その中尉、中尉殿なんかはおられたわけなんですよね。防衛隊の係なんです。

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