沖縄県公文書館
タ イ ト ル: 沖縄戦記録座談会 名城 2 A面
資 料 解 説: 収録時間:66分18秒
開始時間 00:10:00 ~ 終了時間 00:19:05
シ リ ー ズ: 沖縄戦関係証言記録
件   名: 旧真壁村名城 14
摘   要: 投降(住民) / 百名 / 「集団自決(強制集団死)」
備   考:
資料コード: 0000079269
【音声文字起こし】
証言者:壕の中の、池みたいなのがありますので、こっちから水が壕の中に通ってるんですね。こんなになって水たまりみたいなので、こっちから来る水があまり激しいものですから、岩を捕まえて、後ろに荷物なんか担いで、一足一足ずつ渡っていったんですよ。奥の方に。

Q:セイキさんもご一緒ですか?

証言者:はい。セイキさんも。その時は兵隊さんも一緒でしたので、もうその時渡って行ってから、うちらがもう食糧をとることもできない、薪を取ることもできませんでしたね。あのー、兵隊さんの世話になって、10月ですか、その時まで一緒でした。

Q:ああ、その川が水。それを渡ってまた、乾いたところに入れたんですか?

証言者:はい、あの、ずっと奥の方には、穴はこんなにしてありますのでね。ちょっとここにまた水溜りのような池があって、そして渡ったらまた、こっちにちょっと上がってまた水の溜まらないところに住んでおりましたんです。
 またこっちからもう、あまり兵隊さんが、もう、空襲も激しくもない、とってもなんか、シーンとしているみたいよ、という話がありましたので、またこの奥の壕から、また前に移ってきましてですね。

Q:川を渡って?

証言者:はい。渡ってきまして、もうこっちで長らく暮らしておりました。

Q:10月頃までですか。

証言者:はい。

Q:食糧はたくさんあったんですか?

証言者:食糧はもうアメリカの兵隊さんのあの、あのテントですか。この幕張ってお家が作られておりますが、こっちから日本の兵隊さんと一緒にですね。前住んでいたところに移ってきてから、また一緒に夜また行ってですね、缶詰も。

Q:何人ぐらいですか? 兵隊さんは。

証言者:兵隊さんは車の1台ぐらいでおりました。

Q:その所、ウッカー(壕)にですか?

証言者:ウッカーにですよ。

Q:一緒、奥さん方、民間人はおじさんに4人だけですか?

証言者:いいえ、波平のイク姉さんも、私も、また私のいとこのエイキチさんたちも2人ですね。エイキチさんたちは3名預けられて3名です。うちら2人預けられて2人と。またセイキおじさんたちの家族、おばさんたちは早くに捕虜を取られまして。セイキおじさんとセイコウ君と3名でした。
 で、うちらも、また後から、あの、なんて言いますか、もう静かになりましたのでね。あんまり空襲もなければ、弾の音もあんまり聞こえないもんですから。また、波平の方も、4、5、6名ぐらいいらっしゃいまして。行く時には、約、車の半分ぐらいはありましたかね。

Q:捕虜になって行く時には。

証言者:捕虜になって行く時には。

Q:捕虜はどういうふうにして出られたんですか。

証言者:だから、こっちに先発隊といって、イシキキセイ兄さんという方が一番、先発隊にいらっしゃってるわけですよ。で、壕の門の方に竹を2本に切って、こっちにあの手紙を挟んでですね、もうみんな戦は終わって捕虜を取られているからね。あんたたちのお父さんお母さんたちもみんな元気だから出てきなさいという話。
 またセイキおじさんにももう戦は負けて玉砕になっているから、みんな穴から出て働いておりますから出てきなさいという手紙がありましたけど、あの、兵隊さんたちが、これはデマかもしれないから絶対これに迷ってはいけない。この手紙の言う通り行ったら、すぐ捕虜を取られて、あれらだから絶対行ってはいけないという、もう2、3回一緒のことが繰り返しですよね。

Q:どういう方ですか? この手紙をくださった方は。

証言者:あのー、

Q:先生ですか。

証言者:先生じゃなくて、なんか捕虜は一番取られて、先発隊みたいに。

Q:名城の方で。

証言者:はい、アメリカの兵隊さんとよくついて歩かれまして、大体は。

Q:**シン(?)ですね。

証言者:はい、壕の中に。

Q:名城の。

証言者:この壕は人間が住まっているところ、またこの壕は大体いないという見当がつかれたかもしれませんけど。まあ、こんなしてありましたの。2、3回はそのままほったらかしてですね、ほったらかしておりましたが、あともう、2、3、4回目ぐらいかね、一応、何時ごろ出てきなさい。一緒に話し合いしてみるから、その時にね、お互いに話はやってしか分からないからという話がありましたので。
 兵隊さんとセイキおじさんが、じゃあまず一応出てみようねという話で、もううちらは出ないで、ただ、ある幹部の方だけいらっしゃって、話し合いが、話し合われたわけですよ。このキセイ兄さんさんが、前のどこどこからみんな捕虜を取られて、もう百名辺りでしか、みんなヤンバル、中頭ヤンバルも行っているけどね、百名もみんないっぱいして、もうみんな働いておるんですよ。壕に住んでいる方、あまりいないですよー、という話がありましてですね。
 で、おじさんたちも、また星野という兵隊さんがいらっしゃいましたので、この方も納得されましてですね。2日目ぐらいですかね、出て、うちらは百名に捕虜とられまして、兵隊さんは車2台でしたので、民間は民間、兵隊は兵隊で、屋慶名ですか?

Q:屋嘉です。

証言者:あ、屋嘉ですか。あっちに行きまして、うちらはまた百名に行ったんです。

Q:それは**隊ですから、兵隊も20名ぐらいいたわけですか?

証言者:はい、兵隊も20名ぐらいはいたと思うんですね。

Q:民間の人は10名余りですか?

証言者:はい、民間の人は10名余りですね。うちら2人と、**さんの宅が3名いて、おじさんの宅でまた波平からもきっといらっしゃいましてですね。

Q:10名ちょっと。

証言者:10名余り。

Q:お父さんたちの話がありましたでしょう

証言者:はい

Q:その話をやっていただけますか.。

証言者:ああ。

Q:その前にちょっと何日に出ましたですか? 10月の新(暦)の。

証言者:何日でしたかね。

Q:10月の。

証言者:月夜でしたけどね。

Q:10月の月夜

証言者:はい。

Q:満月ですか?

証言者:満…、ちょっ、いや満月じゃないですね、朝帰ってくる時は。食糧取りによく兵隊さんが眠ってから行こうね、これももう、何かの電波という線が張られているから、これも、もう足で蹴っ飛ばしたりすると すごく大変。こっちに行って分かられるからね、ゆっくりゆっくりして行こうねと、もうとっても落ち着いておりましたのでね。兵隊さんの後ろよくついて、朝帰ってきてもうキビも食べてから穴の中に入りましたからね。
 その時、朝の月夜じゃなかったかねーとも思うんですけど。で、晩はよくあの外に洗濯物を干しましたんですよ。それを見当てられて、よっぽど先発隊を***だろうと、うちらもよく話したんですけどね。
 お父さんたちは、うちらもあまり、壕に分かれてからですね、その時からあんまり出られないんですよね。その前まではあまり激しくもないから、うちとウッカーと、薪かついだり、また芋持っていったり、よくやりましたけど。もうお父さんたちとは別れて、
(00:18:57 - 00:19:04 雑音)

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