沖縄県公文書館
タ イ ト ル: 沖縄戦記録座談会 名城 2 A面
資 料 解 説: 収録時間:66分18秒
開始時間 00:00:00 ~ 終了時間 00:10:00
シ リ ー ズ: 沖縄戦関係証言記録
件   名: 旧真壁村名城 13
摘   要: 米軍上陸 / ウッカーガマ(糸洲の壕)
備   考:
資料コード: 0000079269
【音声文字起こし】
Q:まだ20歳になりませんでしたかね。

証言者:はい17歳じゃないんですか。

Q:今の年は17歳ぐらいですよね。

Q:新垣タツさんの再録。新垣タツさんの再録。えー、それじゃあどうも。お忙しいところ大変、あれですが、お願いいたします。最初からですね、あの、ちょっとこの間のうまく入っていなかったですから。奥さんのだけ最初からまたお願いします。大体、あれじゃないですか。沖縄戦の始まってあたりから、敵が近くに来てからでいいんじゃないですか。来た頃からですね。

証言者:(他の人に向かって?)おばあ! お母さんたちと一緒の頃から。

Q:はい。

証言者:話せばいいわけですか。

Q:お家は。

証言者:お家はずっと前でした。

Q:小波蔵の方ですか? 名城の前の方ですか?

証言者:名城と小波蔵とのあいだの2軒、今3軒になっておりますね2階のおうち。

Q:あー、あのへんですか。

証言者:後ろの方だっだ。

Q:それでお父さんが区長さんだったわけですよね? 当時。

証言者:あのー、区長さんじゃなくて、何か軍…、山田部隊がこっちにおりましたので、この山田曹長さんととてもお友達になってですね、なんか軍隊の様子をまた、いつも日本魂とかなんとかいう話で。まあ、よくこの山田曹長さんという方のお話を聞いて、その時期からまた自分は、牛もいるし、まあ、家畜おりますからね。

Q:(他の人に向かって?)ガタガタしないでね、ちょっと30分くらい。

証言者:牛もこの山田曹長さんにやって部隊でも使ってくださいというふうに、いつもこの方いらっしゃいましたんですよ。

Q:はあ、はあ。

証言者:ほんでもう、戦争当時、まあ、敵が近づくまでは、お母さんたちも一緒だったんですけど、敵が近づくにつれてもう上陸しましたのでね。もう、こうしては、どうしても家族が全部助かるというあれではないから、今度の戦争はもう、自分でも勝つという見込みがなかったらしいかもしれませんけどね。どこか一緒だったら、みんなボウチャクするから。

Q:みんな、ボウチャク?

証言者:みんな亡くなるからね。もう家族全部ボウチャクするよりか。そして2人……

Q:ボウチャクというのは方言ですか?

発言者不明:ボウキャク

Q:ああ。

証言者:あの、当時のまたあの方は、軍…軍属のですか、なんか防衛隊みたいな方の大将さんであられたので、この方に預けて、軍と、あの方、手を取られておりますからね、安全地帯の壕に2人ずつ分けてやろうという話が出たんですよね。
 ほんでもう、その時からゴタゴタしまして、いつも死ぬなら一緒がいいんじゃないねーとよく話しましたけど、この戦争でも一緒になって、みんな爆発して死んだらもう駄目だからね。2人で**を分けて、あんたたちが死んだときは、うちらがまあ、救い上げて葬ってやる。また、うちらがまあ、死ぬときは、あんたたちサブロウと2人で、まあ、葬り方もさせるというお父さんの願いだから、聞きなさいとよく話されたんですよ。
 その時も、***、家族が別々になるより、なんでみんな一緒に死んだ方がいいと言って、こちらでよく話したんですけど。まあ、こういう戦争の立場であってね、親の言うことが聞けないなら、もうあんたたち今から子でもない、親でもないというその、縁を切るから、あのおじいさんと行かないなら、あんたたちいいようにしなさいと、よく話されて。
 まあその時、月夜でしたかね。あのー、自分の家の後ろでですね、家族とも話し合って、お母さんが何べんも連れようかともありましたけれども、お父さんは、こんなんしては今度の戦争、絶対助からん。もしも、あんたたちが別に生きて助かるなら。お互いに今の調子では絶対助からないから、お母さんたちと一緒にしない。あんたちはいいようにしなさいと言うてから、もう泣く泣く別れて、その時からまた、ウッカーという壕にに行きましてですね、この方と一緒、セイキさん。

Q:セイキさんですかね。

証言者:はい、セイキさんです。

Q:おじさん。

証言者:はい、セイキおじさんに預けられて、行ったわけですよ。その時はもう別れる時に、もしかね、アメリカの兵隊さんに捕虜を取られるくらいなら、捕虜を取られて、その時は、なんて言いますかね、ビラがよく撒かれよったんですよ。アメリカの兵隊さんに捕虜を取られたら、耳も落として鼻も落としてとかいう、そんな噂がありましたので。

Q:デマですね、友軍が。

証言者:友軍のデマ。で、もうこんなにしてして死ぬより、また女は何かいたずらしてやるという話ですからね、こんなんするよりこの毒薬、激薬ですね。薬、飲み薬渡されたんですよ。これ飲んで死になさいね。 同じ戦争のあれだから、もしも捕虜を取られるぐらいなら、 これで死んで、という話があって、この劇薬も渡されたんですよ。
 だけど、うちらまだ子どもですから、***、何回もアメリカの兵隊さんが出てこい出てこいして、穴の中に電灯を持ってきて、よく来ましたけど、その時にもこの薬を飲もうという意志はなかったんですよ。いつも死ぬというのは怖いですからね、やりませんでしたが、その時は兄嫁も一緒でした。
 それで、自分の弟、サブローさんも、なんて言いますか、出て来い出て来いして、アメリカの兵隊さんが入ってきたときにですね。うちは何か足にできものがあって、もう動きもできないから、もう着物一つで引っ張って隠れておったんです。で、サブローさんも捕虜を取られて、出ているんですよね。アメリカとアメリカの相中、兵隊さんと兵隊さんの相中にですね、その時にもうあんたはこの際、捕虜取られたら、あんたも私もバラバラになってね、どうしようかわからないからもう、どうにかして逃げてくれないね、うちはもう歩ききれないからね、もし出て行って、お父さんが言うたように、女はいたずらして、また男はどうのこうのというあれがあったら、もうこの際大変だから、私はもう動ききれない。どこにも歩けないからね。
 この際どうにかして逃げないと、もううちらだってバラバラになるよ。ちょっと話したんですよね、内緒話のように。手真似してですね。でやったら、その時に逃れて入ってきまして。この壕からずっとまた内に変わってですね。

Q:奥の方に?

証言者:奥の方に。

Q:入ってきた奥の方の壕にですか?

証言者:はい。

Q:同じ壕の?

証言者:おんなじ壕の。ずっと奥の方に。

Q:サブローというのは三男?

証言者:三男坊です。で、行ってもうその時からは、とても河原みたいなところを渡っていきましたからね。

Q:その壕の中で?

【音声資料をご利用の皆さまへ】

  一部の音声には、当時一般的に使われていた表現や、現在では不適切・差別的とされる語句が含まれる場合があります。これらは記録の文脈を示すためそのまま掲載しています。
  また、収録時点の記憶や情報に基づくため、誤認や混乱が含まれる場合があります。
  ご理解のうえ、ご利用ください。