沖縄県公文書館
タ イ ト ル: 沖縄戦記録座談会 一条会 3 A面
資 料 解 説: 収録時間:65分23秒
開始時間 00:20:04 ~ 終了時間 00:30:12
シ リ ー ズ: 沖縄戦関係証言記録
件   名: 旧那覇市 58
摘   要:
備   考:
資料コード: 0000082166
【音声文字起こし】
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証言者5:十十空襲のあとに面白いことは、英語の先生やら図画の先生やその他の先生がほとんど軍服をつけてきましたですね。
そうこうなってしまうね。それも面白いです。
たとえばキシモト コウジが、それにカカズ**先生が、**先生が**かな。
それにコメス先生が、あの人は英語の先生だったかね。

証言者4:**

証言者2:******
******
もう、あの頃の、あの、ほとんど、憧れているから、***いい恰好だったな。

証言者2:タカギ、**剣道の先生が、何かこう剣道着、着られているのはどうですか。
***、昔のかぶってですね。それと槍を持って、***の那覇市内をですね。えー、韋駄天で、******、その先生が、******。
******
******

証言者4:***はですね、いろいろ空襲があります。
やっぱりこっちの放射砲技術とかそういったのもありますけど、この、命中率ですね。
アメリカさんの、アメリカさんの***のパラシュートで、アメリカ兵が降りてですね。
それがショウケでございますね今の。二人でしたかね。

証言者3:一人しか見なかった。***

証言者5:あのーちょっとチラッと見たんですが、もう、ビュンビュン切り替えしてね。

(22:06~22:33)聴取不能

証言者3:そこのあの、陣地構築に、あの、夜駆り出されたんですよね、私。
その時に、そこに1人。それも、ありましたけどね。

証言者5:柱にくくられておった。

証言者3:そうだね、***しとったですね。
喉が渇いたんでしょうね。水ください、ください、ゆうもんですからね。
そこにあった、******。カミヤがね。空き缶に汲んで。
飲ました事ありますね。
どうなったんですかね。その人は。
戦争のはじめですよ。まだ上陸しない前ですね。

証言者2:上陸しない

証言者3:しない前だよね

証言者4:上陸しないまでいうのは、教育中はもう、これはもう校長以下ですな、全職員が。もう本当にからを立ち寄って、軍服一色でございますからね。
校長の訓示はもう、時々刻々ね。

証言者3:いきとしやまんばかり***

証言者4:時々刻々。学校生活の緊迫した***生活と、
それに対処するプログラムを全て実行して、朝の訓示も、帰る訓示も、下校時の訓示も、
もう戦争のハンツイの、何て言うんですかな、その徹底的に打ち込んでおりましてね、校長は。
フジタ先生。フジタ先生ですね。
ケンブジが終わるように祈ります。

証言者1:12月のこの***が、何ですかね、学校から首里城まで******

Q:そこで何かしてたんですかね。

証言者4:あの時は、工場長がおいでになっていたのは何年だったかな。
えーっと、あの時はアイジョウ通り全部整備されていたんですね。
当時その、

証言者3:18年頃だよね。

証言者2:それに。いやだって。

証言者3:真ん中だったんじゃないかと思いますね。

証言者5:あの、8年だったかな、***隊員の先輩も***

証言者2:あぁ

証言者4:我々は、あの、******
軍神、オオマツ大尉に続け。
これがもう、報道にね。それでもう、序幕式はまた盛大にやりますしね。

証言者3:その、ほこらで。その、なんですか。

証言者2:何か写真も。

証言者4:そうですね。あぁ、みんなで配ってね。
写真も全部配られてた

証言者5:もう、あの頃からもう、花形でしたね。

******
******

証言者4:たまたま、その弟ですね、うちの同級生ですからね。

証言者2:あ、そういうのがあった。******

証言者1:もう、非常に、そういった宣伝するのに、******。

証言者4:***に何かあった事といえば、また、あの、学校でですね、沖縄から教員したあの初年兵ですね。初年兵のあの、がですね、もう、沖縄のアメリカの七型戦車というアメリカの戦車の模型を作ってですね、黄色爆雷を持って突っ込む訓練ですね。
それは一緒に校庭でやってました。

Q:現地に部隊も***

証言者4:現地に部隊も、はい。はい。
学生じゃなかったですよね、普通の防衛隊です。いや、初年兵でしたね、初年兵。

Q:それはいつ******

証言者4:とー、2年の頃だったかな、二年の19年頃だったと思いますね。
******、作業ばっかり行ってたからな

証言者2:夏頃ですね。

証言者4:夏頃かな。

証言者2:19年に入ってきたら、ほとんど校舎も、なんてゆうんでしょうかね、軍が入ってきまして、校門も我々は出入りできませんで、裏門からだったです。

証言者3:歩哨立ててましたね。

証言者1:もう、武部隊ですか。しばらくして武部隊は台湾に行きました。

証言者2:台湾何部隊だったかや

Q:今の部落跡ですね。

証言者2:はい、そうですね。

Q:**20日ですから、

証言者4:あの、武部隊だったと思います。
あの識名園ですね。あの時まで、私たちが、その、私はトミグスクに、から帰っていたものですから、識名園を毎日通っていたんです。
そして、いつか見たいなということだったんですが、あの、いつも毎朝おられるおじいさんおばあさんが、私がですね、あの、我々は行きますとはもう、言えないですね。
やはり、いたずらざかりですから、何かされるんだろうということなんですが。
首里の方に聞いたらですね、ウザマシキミソーリーと言ったらね。
入れるからそう言いなさいと。
2、3名そう言って、ウザマシキミソーリーと入ってきたんですけど
******
入ったわけですが、その頃、なんてゆうんでしょうか、その、鯉がですね、
熊本の水田に鯉みたいな鯉が***いましてね。
そしてその後、武部隊が入ってからもう10時台ですね。やはり軍からの圧力で押せて入ったと思います。全部釣ってですね、食ってないんですね。もう見る影もないですね。
もう鼻歌を歌って、みんな釣りしてるんですよ。
だがしかし、あの頃は本当に食糧難ですね。
それもあったでしょうがね。
あれは無残だと思います。
まぁ、もちろん戦争に***だったと思いますが。
まぁ、あの当時から戦争の***を感じていましたね。

証言者3:それと逆の話ですが、その、持久戦のつもりだったんですかね。
実家にですね、だいぶ小さなあの、鯉とかいろんな入れましたけどね。
何年だったかな。

証言者5:うんうんうんうん、

証言者3:ねえ。

証言者5:そうそう

証言者4:僕ら作業にも駆り出された事ありよったけど。
******

証言者5:結局あの百姓によっては**よりも今を見ると。
こういった池なんかには全部持久戦に備えるための、そういったあの、何か。えー、準備ですね。こういったの。例えばあの、フナですね。

証言者4:あ、フナだったんですかね。

証言者3:それで今も入ってきたんじゃないかと思いますけどね。

Q:そのフナ、******

証言者4:はい、作業中に

Q:ヨミタンにもありましたかですか。

証言者1:嘉手納まで来たでしょ。
来たでしょ、嘉手納まで。***

証言者4:トラックで行ったもん。

証言者5:僕らはね、トラックでガソリン運搬の役目に行ったんです。

証言者4:私もそうです。

証言者5:トラックの上にドラム缶を2本ほど積んでですね。赤い旗を持ってね。

証言者2:******

証言者5:あれはどこ、読谷からどこへ、どこに運んだんかな。
那覇港から**運んだんですかね。

Q:那覇港から。

証言者4:那覇港から

証言者4:そういったあった爆発物ですね、こういった本当に知識のない我々までもですね、この、本当に駆り出されたのは今考えるとなんですが、当時は。大人はもう怖いとかいうようなのはありませんしね。
どうせ、そういった、恐怖でございますから。
もうほとんどなんですが、そういった爆発物の、あの、運搬がほとんど、こういったあの、現地の、から集まるところに**されて、そういったのをほとんどやっていましたね。

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